人は孤独になると何かを欲する

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孤独や寂しさから産まれる何かもある

 

※こちらはnoteに書いた過去記事です。

こんばんは。自作サイトが思いもよらないトラブルで上手く進んでいないので、つい手軽なこのnoteでブログを投稿してしまう。

noteわかりやすくていいですよね。プレミアム会員の登録も本気で検討し始めました。おもしろいことを発信している人が凄く多いですね。このままブロガーとか増えたらそれはそれで競争が起きて僕みたいなのがますます食えなくなるのでやめてください。冗談です。

 

さて、人はみんな誰しも何か背負ってたり、寂しさを抱えて生きている生き物だと思います。ありきたりで使い古された言い回しに聞こえるかもしれないけれど。

寂しさという感情はもう人間の潜在性だと言っていいとぼくは思います。

太古の昔から言語が誕生して、文明が生まれてコミュニティが誕生していく中で人間は発展してきたわけだけど、そういう集合体ができると必ず馴染めない人間や、変わった考えをする『異分子』が出てくる。その『異分子』は往々にして集団の中でとても孤独な立場に立たされる運命にある。

『異分子』の中には非凡な才能を持ったり、大多数の人間にはできない事をやってのける者がいて、+のエネルギーや成長をもたらす者もいる。

では何にも持たない、特に秀でた才能や技術も持たない者はどこに居場所を見つけたら良いのか?

社会に必要とされてない弱者はどこにいけば良いのか?どこに救いを求めたら良いのか?

これは多分いつの時代もアウトサイダーのテーマだった。ぼくはよく考える。インターネットもない中世とか300年前とかに生きていたら何をしていたのか?どこに居場所を見つけていたのか?

現代はそういう点で恵まれていると思う。ネットがあるからだ。

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現実で言いづらいこともインターネットの中でなら発信できる。

ぼくは主にTwitterやnote、それからこの自作サイト、自分のバンドに居場所を見出している。

どうも自分が好きなこと以外で人と集まるのは苦手らしく、例えば学校や会社みたいな色んな人がある1つの目的の為に瓶の中にごっちゃに詰められたような空間が苦手だ。

学校にしても会社にしても、そこには学校や会社に来るのがたまらなく好きだという人間も居れば、嫌嫌通っている人間もいる。

お金を稼ぐ為に来ている人間もいれば、金なんかどうでもよくて社内恋愛とかの為に来ている人も中にはいるかもしれない。

雑多な人間が集まる場所には必ず人の数だけ異なる思想が集まることでもある。

ぼくはたくさんの思想に順応できない人間なんだと思う。思想の数が多すぎると脳の処理能力が追いつかなくて息苦しくなってくるし、疲れてくる。そのような状態になった時にぼくは孤独を感じる

集団の中から逃げたくなる。その為にインターネットの中にシェルターを作りたいと思った。

インターネットで出会う人は何らかの孤独感を抱えている人が多いように思う(顕示欲も)

SNSで常に自撮りをアップしてる女の子、何かを強烈に批判してる人、ネガティヴなことばかり言う人、もしくは逆に社会的に貢献する事を発信している人、あるいはそう言った役割を請負っている人。

色んな人がいて、その数だけ発信の形がある。その核の部分には、実は寂しさや孤独が原動力になっている人も多いのではないだろうか?

自分は違うという人もいるかもしれないけれど、インターネットの中で人と触れ合う中で感じた事。

インターネットの中でさえ溢れてしまった人達は、今度はどこへ向かうのだろう?インターネットに変わるシェルターは今後現れるのかな?

そんな事を考えながら過ごす午後3時のコーヒータイムでした。

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