I want you to walk!〜絶望で始まる希望の物語〜

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皆さんこんにちは!タツノオトシゴです。
タイトルを見ただけでピンと来た人は一緒にバンドやりましょうw

て、そんな人はきっと少数派ですよね。冗談です。

どうでもいい前置きは置いておいて早速本題に入りましょう。

僕は普段、主にロックやダンスミュージックをよく聴いています。 そして自身も下手くそながら社会人バンドやっている。
そのバンドでコピーしているアーティストがDavid Bowieという世界的にも著名なアーティストだ。

今回の記事はDavid Bowieのとあるアルバムの、とあるたった1曲についてフォーカスした記事だ。

 

 

David Bowieと日本

 

 

David Bowieは日本とも結構所縁や関わりの濃い人物で、70年代に歌舞伎や日本舞踊の衣装を取り入れたり、デザイナー山本寛斎にステージ衣装を提供してもらったり、80年代になると大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』に出演し、坂本龍一と共演したりしている。
彼の芸能活動は非常に多岐に渡っている。
彼は音楽についての功績は言うまでもなく、映画や思想、その生き方の全てが『芸術表現』だった。
2016年の1月10日に没するその日までDavid Bowieであり続けた。生涯に渡って変化し、オリジナルであり続けた偉大なアーティストだった。
彼についてwikiが上手に説明してくれているので是非読んで下さい。

簡単に紹介したけれど、Bowieの偉大さや素晴らしさはヒット曲の数々や、日本人のアーティストからもリスペクトされている点(僕が今更書くまでもないだろう)なんか見ても影響力がハミ出していて、全然全くもって隠しきれてない。 その中でもBowieというアーティストはアルバム毎に音楽性もヴィジュアルも大きく変わっていくタイプのアーティストで、一口にBowieが好きと言っても、人によっては70年代のBowieが好きな人もいれば、うちのおかんみたく80年代以降のダンスなんかに傾向していった時期のBowieが好きな人もいるわけだ。 Bowieが変化していったのは、単に飽きっぽい性格だった説とか、頭が良くて常に時代の先を見ていた説とか、その他にも色々ありすぎて真意のほどはよくわからない。 彼は音楽についても『表現手段の一部にすぎない』みたいな発言をしていて(あんだけ名曲を世に残しておいて)、やっぱり月並みな言い方をしてしまえば、そういったミステリアスな部分も含めて『才能』だったんだろう。あるいは大衆の興味を惹く感覚や嗅覚が鋭敏だったんだろう。 多くの人を魅了し続ける人物の特徴だ。

 

言葉の壁を乗り越えた先のカタルシス

 

 

さて、そんなBowieのアルバムで僕が好きなアルバムをピックアップしろと言われたら、↑みたいなことを書いておいてこんな事言うのはあれですが、実際凄く悩ましい。 ただ、80年代後半〜90年代のBowieの音楽には全く興味を持てないし、アルバムも持っていない。 よく聴くのは『Ziggy Stardust』『Aladdin Sane』『Low』『Heroes』を好んで聴く。 70年代と80年代初期の作品群ですね。 この辺りの作品はBowie本人の創作意欲の熱の入り方も凄まじいほどに伝わってくる。楽曲群の構成もコンセプトも美しい。

で、彼の創る音楽はどれも『詞』が大きく作用していると思う。 と言っても日本という島国で生活していて、自分もそうだけど、英語に弱めな民族としては音と詞をリンクして聴くのが難しいと思う。

僕も英語詞の楽曲を歌ったりはできるけど、その本質や歌詞の部分を正確に理解しているかと聞かれると、 自信を持ってYes!と答えられない。

そこで僕がしているのが日本語訳の歌詞をたくさん読んで理解する事だ。 凄くシンプルな方法だけど、幸い現代は動画サービスや、僕のようにブログサイト内で素敵な和訳を観る事ができる。

いい時代になったよね〜。

ちなみに、70年代当時のレコードの邦題や翻訳は今よりも情報が多くなかったせいか、想像の斜め上のセンスの邦題が付けられたりしてそれはそれで当時の空気が感じられておもしろい(Ziggy Stardustも『屈折する星屑』という邦題がついている)

なので、これは洋楽のロックに限ったやり方なんだけど、最初は純粋に音だけを聴く。

で、次は英語詞を読んで自分なりに曲中でどんな事が描かれているのか想像しながら聴く。この段階でも耳で聴いた時に想像していた単語とは違う単語が発見できたりして新たな驚きと発見がある。

そして最後のフェーズ。

和訳と照らし合わせながら音を追いかける。 英語詞とサウンドだけで聴いて、思い描いていた景色と全く違う新たな解釈と景色がそこに広がってくる。

僕はこの瞬間がとても好きだ。 本当にそのアーティストが真に伝えたかった事が自分の中に入ってきた気がして、感動する。 映画のように映像が浮かんでくる。

例えば日本人アーティストが創った、日本人向けの、日本語のポップスの場合は上記の作業なんて必要ないわけである。 当然だ。 僕は生粋のジャパニーズだ。

そして、僕は英語の理解力がないし、イギリスやアメリカ特有の文化的背景やスラング、習慣を知らないので、より遠回りしてまでも知る必要がある。

昔から音楽の聴き方は分けるほうで、例えばただ踊りたくて気持ち良くビートに身体を揺らしたい時はダンスミュージックを聴く。 ダンスミュージックは別に歌詞なんかどうでもいい。 その点BGMとしては最高だ。この文章を書いている今もダンス系の音楽だ。テンションが上がるので作業向きでもあると思う。 実際アパレルの店舗でアップテンポなテクノとかが流れているのは、心拍数やテンションを上げて人の購買意欲を煽る為もあったりするし。

物悲しい気分の時にはクラシックや昔ハマったRPGのBGMを流す。

でもロックはBGMにはならない。ロックは。

 

ロックには多くの場合、歌詞が乗っかってくるからだ。

まー、中には歌詞なんかどうでもいいようなロックもあるけれど、サウンドを聴いて興味を惹かれてしまった楽曲の歌詞は気にならないだろうか? 音楽の聴き方は食事や異性の嗜好と同じくらい千差万別だと思うので、他人の音楽の聴き方についてあれこれ言うつもりはないけれど、僕は気になって追求してしまう。

その作業をしていく中でファーストインプレッションとギャップがあったりすると、『へぇ〜!こんなことについて歌っていたのか!』という意外性と新鮮さを感じられて聴こえ方が変わってくる驚きがそこにあるからだ。

 

Ziggy Stardustという神コンセプトアルバム

 

 

1972年6月6日のリリースから現代まで、この見出しの常套句をどれぐらいのファンやライターが書き連ねてきたのかわからないほど、ドが付く程の名作中の名作である神アルバムである『Ziggy Stardust』というアルバム。

知らない人もいるかと思うので一応wikiから引用して紹介しておくと、

 

5年後に迫る資源枯渇を原因とする人類滅亡の危機に、異星より来たバイセクシャルのロックスター「ジギー・スターダスト」の物語からなる。その名“ジギー”はイギー・ポップから、“スターダスト”は、テキサスのミュージシャン、レジェンダリー・スターダスト・カウボーイが由来となっている。自らが異星からやってきた架空のスーパースター「ジギー」となり、ロック・スターとしての成功からその没落までを描く物語を、アルバムに収録された曲で構成している作品である。

 

と記載してある。

wikiは本当に優秀なまとめをしてくれますねw

↑を読んだらわかると思うけれど、このアルバムはコンセプトアルバムだ。 それもとんでもなく練りこまれたコンセプトアルバムである。

大体冒頭からわけわからないでしょ。『5年後に迫る資源枯渇を原因とする人類滅亡の危機に、異星より来たバイセクシャルのロックスター』て。 普通の人ならこの時点で思いつかないよねw

やはり非凡。

アルバム中のヒット曲『Starman』や『Ziggy Stardust』、そして劇的な締めの1曲『Rock ‘N’ Roll Suicide』のイメージやインパクトが強いせいだろうか、ついつい忘れがちな名曲がある。

この記事のメインディッシュである(やっと)『Five Years』という曲だ。

そもそもこの曲の何が重要かと言うと、アルバムの1曲目と言うことだ。

は?何言ってるの?と思うかもしれないけど、よく思い出してほしい。

このコンセプトアルバムには、wikiの説明の第1行にも記載してあるように、ある『前提』があって物語が始まっていくのだ。

その前提とは、『5年後に迫る資源枯渇』という点だ。 これは強烈なルールである。縛りと言ってもいいかもしれない。

そしてこのルールで曲を紡いでいくとしたら『Five Years』という曲は必然的に1曲目に来なければいけない曲だし、このアルバムの後々の楽曲に意味を持たせていくには必要不可欠な曲なのだ。

『Ziggy Stardust』というアルバムはどれも1曲単位で切り取って聴いていっても、ロマンティックで起承転結に富んでいて、例えるなら映画やアニメ作品を観ているような楽曲ばかりなのだ。 今回のこのストーリーは凄く泣けた、とか、あんまり変化がなかったな〜みたいなのを寄せ集めて大きな形にしたのがこのアルバムだ。 それはそれは壮大な物語だ。

あと5年で地球が滅んでしまう宇宙から救世主のごとくロックスターが登場ロックンロールライフにより破滅。 これがこのアルバムの大きな流れだ。

 

5年間

 

 

ということでこの宿命の1曲目をご紹介します。 うん。本当に宿命の1曲目。

まずは肝心の和訳を読んでもらいたい。できることならば↓に貼っている音源を聴きながら是非、情景を思い浮かべながら聴いてもらいたい。 素晴らしい和訳を見つけたので引用させてもらいます。

 


Five Years 和訳

 

ウッドマンジー(ドラマー君)の単調でどこか乾いたフィルインで始まる冒頭でいきなり描かれる世界は、荒廃した風景ばかりだ。 5年後に破滅するニュースを配り泣く男、小売店の広場でため息をもらす女たち、幼い子供を叩く少女、くたびれた兵士、牧師の足にキスする警官。 本当に5年しか残されてないのだ。

誰も彼もが絶望している。

僕らならどうだろう? あと5年で地球が壊れますなんてニュースを知ったらあなたや君は何をしますか?

 

こうした情景描写を交えながら基本的に曲は、『俺』の目線で描かれ、進んでいく。 僕が大好きな下りはやはり、この辺りからだろう。

I think I saw you in an ice-cream parlour, 
君をアイスクリーム・パーラーで見たんだ、
drinking milk shakes cold and long
冷たくて長いミルクシェイクを飲んでいるのを
Smiling and waving and looking so fine, 
笑って、手を振って、とても調子がよさそうだった、
don’t think you knew you were in this song
この歌に君が出てたなんて思いもせずに
And it was cold and it rained so I felt like an actor
そしてそれは、寒くて雨が降ってたから、俺は役者のような気分だった
And I thought of Ma and I wanted to get back there
そして俺は、母さんのことを思って、そこに帰りたかった
Your face, your race, the way that you talk
あなたの顔、あなたの風格、喋り方
I kiss you, you’re beautiful, I want you to walk
あなたにキスする、あなたは美しい、あなたに歩いて欲しい

 

 

滅びゆく世界で、絶望する人々をたくさん見た『俺』は曲の最後に何かを決意し、そこへ向かうことを決めた。

元々はアコギあるは、ピアノで創られたと察せられる程、実はシンプルな構成なのだけど、この辺りから終わりにかけてのピアノやストリングスのアレンジがドラマティックで本当に素晴らしい。

僕はいつも『I kiss you, you’re beautiful, I want you to walk』の一節を聴いて泣いてしまう。

いずれ終わる世界の中に、希望を感じる一節だからだ。

アルバム最後の名曲『Rock ‘N’ Roll Suicide』『あなたは1人じゃない!』に通じるような希望だ。 こんなクライマックスみたいな曲が、総合的に評価されがちなアルバムの1曲目にあること自体が奇跡だし、1曲目の役割をこれ以上ないくらいに果たしてしまっている事も奇跡だ。

実に完璧で美しいアルバムだ。

 

この曲がなければ、その後の『Starman』で救世主の予感を感じることもなく、『Ziggy Stardust』で華麗に世界を魅了する事もないのだ。 アルバム単位で名作は数あれど、ここまで完成度の高い名曲尽くしのアルバムは中々ないものだと思う。

その後David Bowieは曲中のキャラクターZiggyになりきり(まるで取り憑かれたように)現実世界でも宇宙から来たロックスターZiggyという存在が具現化したように振る舞った。 ロックのステージを自ら俳優となり、演劇的要素も組み込んだわけだ。

 

もしかしたら本当に宇宙人だったんじゃないか?

 

僕は彼の音楽に包まれる度に、そんな錯覚をしてしまう事がある。

 

 

ついでにLIVE動画も貼っておきます。 同じ曲でも時代毎にサウンドアレンジが変わっていくのがわかるかと。 日本公演のLIVE動画の訳は色々省かれてますねw 是非聴いて見てください。

 

 








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